歯車は、さまざまな部品を飛ばしながら、勢いをつけて回りだす

 その部品が自分のもとに飛んできて、人は初めて周囲の状況を確認するんだろう



 けれど視線の先は世界ではなく

 気付きたくないと願う、心の内





 15.The Gears【Having hidden eternally】





 グリフィンドール塔を出て、廊下を歩き、階段を上り、角を曲がり、階段を下りて・・・・・・

 ジェームズは、早足で校内を歩き回った。

 どうしようも無いほどに、むしゃくしゃしていた。





「できない」と言う人間が嫌いだ。

 それを何かのせいにして、責任を押し付けるのはもっと嫌いだ。

 何故やろうとしないのか、不思議に思う。

 決め付けなくてもいいのに。もしかしたら、「できる」事かもしれないのに。



 にも悪いことをした。

 彼は何も悪くない。

 頭を冷やして、再び顔を合わせた時、は自分と口を利いてくれないかもしれない。



 憤りを、人にぶつける事しか知らない自分が、嫌いだ。

 友達を信じられない自分は、もっと嫌いだ。





 完璧な人間に、なってみたい







 大泣きしたピーターが寝室に駆け込んできたのは、夕食後のことだった。

「え、ピーター? どうしたの?」

 一人、部屋で本を読んでいたは、驚いて顔を上げ、ベッドから降りた。

 ピーターは自分のベッドに飛び込み、泣き続ける。

 同じように驚いているカレッジを肩に乗せ、はピーターに近付いた。

「どうしたの? ジェームズは? 一緒に宿題やってなかったっけ?」

「ジェームズなんか、もう知らないよ!」

 柄にも無く語気を荒げ、半ば叫ぶように、ピーターは言った。

「ピーター・・・?」

 ピーターは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をあげる。そして、しゃくりあげた。

「きっと、僕の事なんか、ば、馬鹿で、どうしようも無い奴だって、思ってるんだ!

そんなの、僕だって、分かってるよ! なのに、『やる気ないんじゃない?』って、言うんだよ!

ジェームズなんか、大っ嫌いだ!」

「そんな事・・・」

 思ってるわけ無い。

 そう言おうとしただったが、その声はピーターに阻まれた。

「だって、そう言ったんだよ!」

 ピーターはローブを脱ぎ捨てると、ベッドに潜り込んだ。

「・・・僕、もう寝る。おやすみ」

「ちょっ・・・」

 は戸惑う瞳で、カレッジを見た。

 窓の向こうからは何も聞こえない。

 カレッジが肩から飛び降り、ピーターのベッドへ、一歩足を踏み出した。

 そして主を振り返り、くい、と顎を動かす。

 は頷いて、そっと扉の外に出た。

 目指すは、談話室。



 カレッジは、ピーターのベッドの脇で、丸くなった。

「ほんとに、そう言われたのか?」

「・・・え?」

 ピーターが少しだけ顔を出した。

「ほんとに、馬鹿でどうしようも無い奴だって、言われたのか?」





 は階段を駆け下り、談話室に出た。

 暖炉の前で、ジェームズが散らかった本を閉じていた。

 ほ、と息を吐き、歩み寄る。

「ジェームズ」

「何? 説教でもしにきたの?」

 こちらを見ようともせずに、ジェームズは冷たい声で答えた。

 はそれに対して、なるべく暖かく聞こえる声で、言った。

「違うよ。でも、何があったのか、教えてほしい」

 暖炉の火が爆ぜる。

 ジェームズは少し顎を上げ、口の端を上げて両手を広げた。

「何が、なんて・・・大げさだね。何もないさ」

「そんな訳無いよね? ピーターが泣いてるんだけど」

 鼻を鳴らし、肩を竦める。

「ほら、やっぱり説教しにきた」

「説教なんか・・・」

「うるさいよ」

 の言葉は、ジェームズの声で消える。

 ジェームズは、妙な威圧感を込めてを睨んだ。

「何だよ、やる前から出来ないって大騒ぎする奴に『やる気がないんじゃない?』って言って、何が悪いんだよ。

本当のことだろ。出来るかもしれないのに諦めて、挙句の果てには勝手に泣き出すしさ。訳分かんないよ」

 そして身を翻し、ジェームズは肖像画を開けた。

「ちょっと、待ってよジェームズ!」

「煩いって言ってるだろ!? 第一、君には関係ないじゃないか!」

 引き止める声に怒鳴り返し、ジェームズは外に降りる。

 はさっと顔を紅く染め、寝室への階段を駆け上がった。



「カレッジ!」

「うっわ! 何だ、どうした、お前がそんなに怒ってるなんて、珍しいな」

 驚いて飛び上がったカレッジをよそに、はローブを羽織る。

 そして隣のジェームズのベッドに目を遣り、クリスマスに彼の実家から届いた透明マントを手に取った。

「行くよカレッジ。・・・ピーター」

 カレッジが追いつき、肩に飛び上がるのを待ちながら、はピーターに宛てて、確かな声で言った。

「ジェームズは、君の事を馬鹿だなんて、思ってないよ」

 ピーターは、背を向けたまま動かない。

「絶対に、そんなこと思ってない」

 そう言って、は寝室を出た。







 当ても無く校内を歩いているうちに、ジェームズは見たことの無い廊下に出ていた。

 高いところにある窓から、月明かりが差し込んでくる。

「ここ、どこだろう・・・」

 思わず声に出していた。

 廊下を見渡すと、一箇所だけ、やけに広い空間があることに気付いた。

 何かがそこに立っている。

 恐る恐る近付いて見ると、それは一対のガーゴイルの銅像だった。

 手を伸ばして軽く叩いたが、何も起こらない。

「セットで置いてあるなんて、珍しいなぁ。廊下の銅像は、普通一体なのに。

もしかしたら、何か仕掛けでもあるのかな。あとでに・・・」

――― もしも、怒ってなかったら ―――

「・・・言ってみよう」

 一人呟いてから、今度は杖で叩いてみようと、彼はローブに手を突っ込んだ。



 その時、廊下の端の暗闇から、コツコツという足音がした。



 パーティーはもう終わったのだろうか。

 終わっているならば、今、寮を抜け出しているのがばれたらまずい。

 ジェームズは急いで近くの鎧の陰に隠れた。





「ここに来ると、なんだか懐かしい気がしますね」

「懐かしい、か」

「ええ」



 ダンブルドアが、黒髪の男性とゆっくり歩いてきた。

 男性の着ているローブは、装飾こそ多くないものの、なかなかに高級な生地のものである。

 鎧の陰から盗み見ながら、ジェームズは、理事の人かな? と考えを巡らせた。



「望郷の想いとは、こういうことなんでしょうね」



 ジェームズは男性をじっと見つめてしまった。

 こんな台詞を素直に言える人は恰好良い、と率直に思った。



 ダンブルドアは優しく笑う。

「ほっほっほ。確かに、ここでほぼ毎日生活しているわしとて、田舎の祖母の家を訪ねたような気分じゃ。

それに、君たちは特にそう思うのかもしれんのう」

 そしてダンブルドアはガーゴイルに向かってなにか合言葉のようなものを言ったのだろう。

 突然、石を動かすような音がした。

 ジェームズは必死に首を伸ばしたが、彼には二人が壁に溶けてしまったようにしか見えなかった。



 やっと鎧の陰から這い出し、ジェームズは緊張を解いて溜め息をついた。

「理事の人かなぁ・・・でも、何の用なんだろう。

しかも話があるなら、理事会全員集めてやるものじゃないのかな。でもあの人は一人だったし・・・」

 悶々と考えながら、ジェームズは再び廊下を歩き出した。







 何の前触れも無く立ち止まった主を、黒猫は見上げた。



 それは、ダンブルドアと黒髪の男性が壁に消えた、すぐ後のこと。

 廊下や階段から、興奮した声が聞こえてくる。

 パーティーの楽しいひと時を終えた上級生達が、各所属寮に戻るところなのだろう。

 が、小さな声で呟いた。



「呼んでる・・・・・・」



「は? 誰もお前を呼んでなんか」

 訝しげに言いかけた時、カレッジはふと途中で言葉を止めた。

『     』

 耳を澄ませば、頭に直接語りかける、

 微かな、

 声。

―――誰かが呼んでいる。

「何だ、これ・・・呼んでるのって、この声かよ?」

 も流石に立ち止まる。

「違う」

 きっぱり言い切って、彼は周囲を見回した。

「これじゃないんだ。もっと、ずっと前から呼んで・・・」

 ここは本当に廊下なのだろうか。いやに広く感じられる。

 気付けば隣には、一対のガーゴイル像が大人しく立っていた。

「カレッジ、ここどこ」

「俺にも分かんねぇ」

『校長室の扉の前だ』



 頭に響いた声に、とカレッジは像から一歩飛び退く。

 眉根をひそめてガーゴイルを見ると、それは僅かに震えた。

『驚かせてしまったならば申し訳ない。わたし達はホグワーツの校長室を守る役目を担っている。

会えて光栄だ、ホグワーツの後継者よ』

「校長室?」

 ガーゴイルの言葉に先に反応したのは、カレッジだった。

 落ち着き無く周囲を見回す。

「部屋なんか、どこにもないじゃないか」

 拗ねたようにそう言うと、ガーゴイルは喉を鳴らしたかのような低い声で笑った。

『勿論、表には見えない仕掛けになっている』

「・・・合言葉で、開けるんだね?」

『ご名答』

 の問いに、ガーゴイルは答えた。

 彼らは銅像だが、もし動く体を持っているとしたら、満足そうに微笑んで、力強く頷いている事だろう。

『さて。我らが後継者は、何故この場へ足を踏み入れた?』

『まっさらな、積もったばかりの雪の上を散歩しに?』

『いやいや、森のモミの木たちに祝福を述べに?』

『それとも素敵なレディと待ち合わせでも?』

 片一方が喋れば、負けじともう片方が喋りだす。

 歌うようなその口調は、まるであの組分け帽子のようで。



 は何の気なしに銅像に手を触れた。

「呼ばれたんだ、何かに・・・ううん、誰かに」

 反対側の壁を見つめながら、は呟く。

 銅像は気温と同じように、ひんやりと冷たかった。触れている手の平から、熱が逃げていく。

「俺は誰も呼んでないって言ってんのによ。なぁ、何か知らねぇか?」

 カレッジはの足の間を、不貞腐れながら歩き回っている。

 やがて一箇所に座り込み、尻尾でぱったぱったと床を叩き始めた。

『呼んでいる・・・呼んでいる、か。相棒、心当たりはあるか?』

 右のガーゴイルが左のガーゴイルに尋ねる。

『ふむむ、そうだなぁ・・・相棒、お前に心当たりが無ければこちらにも無いぞ』

 左のガーゴイルが右のガーゴイルに答えた。

『おおっ! それはそうだな相棒。わたし達は一心同体!』

「それ、答えになってねーよ」

 銅像たちの会話に、痺れを切らしたカレッジが突っ込んだ。

 たしなめるようには足元を見遣る。

 それから再び銅像を向いた。

「分からないなら、別にいいんだ。―――さよなら」

『あぁー! 待ってくれ待ってくれ!』

 くるりと背を向けた時、ガーゴイルが二体いっぺんにを引き止めた。

「・・・やっぱり、何か知ってるんだ」

 は微笑む。二体の銅像は、同時に溜め息をついた。

『全くもって人が悪い・・・勘弁してくれ、後継者に無関心になられたら』

『わたし達は活きる場所を失ってしまうというのに。分かった、心当たりだけでも教えよう』

「心当たりあるなら最初に言えよ!」

 毛を逆立ててカレッジが突っ込む。

 銅像は、短気だなぁと笑ってから、真面目な声で話し出した。







 月明かりは、廊下を青白く照らす。

 ジェームズはふと、明かりの差し込む隙間を見上げた。

 一つ頷く。

「よし、帰ろう」

 そう呟いて、ジェームズは廊下を走り出した。

 夜の廊下に、軽快な足音。

 甲冑の前を通り過ぎ、教室の前を駆け抜け、肖像画に怒られ、半開きの扉の前を通り過ぎ・・・

 通り過ぎようとしたところで、ジェームズは足を止め、立ち止まっていた。

 そんな自分の無意識下の行動に些か疑問を感じつつ、好奇心から扉を開ける。

 大きな姿見。

 積み上げられた椅子と机。
 床に蹲る、物体―――

「え? !?」







―――『みぞの鏡』というものを、知っているかね?図書室の近くの部屋に隠されているんだが ―――

――― 君を、呼んでいるのかもしれない。妙に人を惹きつける性質がある、不思議な鏡だから ―――



 辿り着いた『みぞの鏡』は、天井まで届くような、背の高い姿見だった。

 床と接する部分には、二本の鉤爪状の脚。

 そして黄金の枠の上のほうには、不可解な言葉が刻まれている。

「・・・・・・これだ。声の、正体」

「何も聞こえねぇよ。なぁ、なんか嫌な予感がしないか? もういいじゃん、ジェームズ探しに行こうぜ」

 カレッジはローブの端を口で引っ張り、急かした。

 しかし、それを全く意に介さない様子で、は鏡を見つめている。

「待って・・・もう少しだけ」

 は感心するように金の装飾に触れた。

 鏡の裏を見て、それから正面に回る。

 真正面に



 映るはずの自分の姿は、無かった。



 驚きに、目を見張る。

「何、この鏡・・・」

 膝が地に付いたのを、やっとのことで認識する。

 襲い掛かったのは、聞き慣れた声。

 紛れも無い、自身の声。

――― 聞きたく、なかった ―――





全部、隠して

跡形も無く

消して

要らない

僕なんか必要ない

要らない

要らない

僕は関係無いんだ

隠して

誰にも

何にも影響しないように

僕を覆い隠して

お願い

お願いだから

ケシテ



僕はここに、居たくない







 濃い霧が、虚りの世界を支配する。





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